4way Split「Two」 アートワーク
山本直輝 インタビュー

pale 渡辺)はじめに来歴を教えてください。

山本)中学生の頃に美術の教科書でフランシス・ベーコンの絵を見たのが、絵画に関する原体験でした。ベーコンの絵は日本では数が少なくて、2013年に展覧会があり、そこで始めて実物を見ました。 美術大学には行かず、高校卒業後は歯科技工士を養成する専門学校に通い、卒業後も歯科技工士として一年勤めました。 絵を本格的に描き始めたのは24歳からです。Macとillustratorを使って、最初は描き始めました。時折デザインフェスタなどには参加していたのですが、しばらくの間は応募展に参加したり、誰かとつながったりといったことはなく、一人で描いていました。最初に賞を貰ったのは2009年、20代後半の頃です。 ですが、30代になってから絵を描くことに疑問を感じ始めて、一度絵を描かなくなりました。その後、2017年に再開して、そこから美術関係者とつながることが増えました。

渡辺)心境の変化ということでしょうか。

山本)以前から自分のことを知っていたギャラリーのオーナーが、活動再開したことを知ってくれて、展示のオファーが来たことがきっかけですね。そこから別のオファーも増えました。

渡辺)山本さんの作品を制作順に見ていると、変遷を感じます。初期は荒々しさや、様々な試行錯誤が見られるのに対して、2014年頃から構図が真ん中にあり、全身が映っているという、現在のスタイルが確立されたように感じます。変わったきっかけなどはありますか。

山本)最初は何をしていいか分からないので、まずは、インプットしたものを、手あたり次第画面に収めるようにしました。海外のサイトを巡って、ストリートアートなど様々なものを参考にして、自分のキャンバスに描いても見たのですが、焼き増しでしかないと感じました。そこから、自分のリアリティって何なのだろうかと考えた際に、illusutratorを使って制作してきたことが自分の制作の根幹の一つにあると感じました。制作の最初期、Macとillustratorを使いはじめた頃は、主にベタ面やパスのみを用いていて、油絵具は扱ってこなかったことと、極端に言えばヨーロッパのものという気持ちがあって、そこで勝負してもしょうがないと思いました。だから線とベタ面だけの表現になったのだと思います。

渡辺)初期の絵もillustratorですか。

山本)大まかにillustratorで描いて、後はキャンバスに描いていました。

ペインティング23
ペインティング23
acrylic, pen and lacquer on canvas 162, 130cm 2009

渡辺)初期の絵はリアリティがあるというか、凹凸やグラデーションがしっかりあって、絵らしい絵を描いていたのだと感じます。今回の話を受けて、これまで捉え切れていなかった部分への理解が深まりました。

山本)確かに初期の絵は写実的ですね。2011年の1月頃はそのような絵を主に描いていましたね。ただ、このままでいいのだろうかという思いもありました。その後、3月に東日本大震災が起こりました。ショックを受けましたが、震災をテーマにしようとは考えず、あくまでそれはそれ、自分は自分という姿勢でした。ただ、少なからず影響は受けたと思います。以前の自分に対しては思い返してみれば、現実から逃れるためにコンピューターに入り込んでいたなと思います。それはある意味、現実とリンクしているようにも思うんですけどね。この絵(無題)はコンピューターの中に入っていると思う。現実をシャットアウトしているというか。

渡辺)精神的といいますか、機械の中で行われていても、スピリチュアル的というか独特の雰囲気を纏い始めたように感じます。

山本)人体しっかりあって、その上にコラージュしていく感じがあります。バラバラになっていないというか。黒いのが出ているのは今にも通じるけど、人体自体は切断されていたりするが形を纏っている。震災以後は構造物と人体が一緒くたになって、そこから歪んだり、バラバラになったりするイメージが色濃くなっていきました。それに関しては、震災の被害にあった町の様子に、影響を受けたのではないかと今では思います。 疑問を抱いていた時期と、震災が起きた時期が重なって、コンピューターに閉じこもるという極端な方向になったのだと思う。

無題
無題
acrylic and pen on canvas 117, 91cm 2011

2014年の作品は行き詰まっていた時期のもので、ミニマリズムの方向へ行き、色とか形態に意味を見出せなかったです。その後絵から離れてしまいましたね。

渡辺)描くこと自体に意味を見出せなかったとも言えますか?

山本)画家には精神的な部分と理論的な部分があって、前者は制作意欲や駆り立てられるものであって、後者は後から構築しなくてはいけないもので、二つが両輪となって回っているんですね。精神的な方が崩れてしまって、自分が空っぽであることを知ってしまったのが、2014年に起きたことですね。絵を描くことに意味を見出せなくなっていたと思います。

black flag
black flag
acrylic on canvas 22, 18cm 2014

その後、本当に何もなくなってしまった時に、このままじゃ終われないという気持ちが沸いて、最後に一度描いてみようと思い制作を再開しました。 描き始めた頃は初期衝動があると思うのですが、今は制作や絵に対して熱い情熱は無くて、冷めたものが続いていて、その冷たい情熱みたいなのを通して絵を描いています。それってある意味健全だと感じますし、熱いものは続かないと考えている。

渡辺)日常に根ざしているというか、靴を履くような日常の動作に近いところまで、絵を描く行為を落とし込めたと言う感じがあるのかもしれませんね。

渡辺)自分と向き合わざるを得なくなった大きなきっかけはありますか。

山本)ありませんでした。元々自分の中にある問題が段々膨れ上がったのが原因ですかね。外的な要因はなかったです。

渡辺)今は自分自身と向き合う段階を乗りこえたということでしょうか。

山本)一度、自分の内面の深いところまでを見て、今は制作という行為を一定の高度で飛行している感じがする。 画家とバンドは違う部分があるというか、画家は一人なのに対して、バンドは多くの人が関わりますよね。画家は望まぬ限りは一人で完結できます。専業になりたい気持ちはなくて、生活の中で描いていく姿勢でやっている。僕は賞を貰ったり、大きなギャラリーに展示したりといったことに軸足を置いていない。アスリート的というか、自分の絵画を前へ進めたいという気持ちがある。

渡辺)動機としては正しい在り方の一つであると思います。

山本)バンドは難しいと感じる。

渡辺)自分が良いと思っても、メンバーの同意を得ないといけないですしね。全員が納得できているものでないと、ライヴで演奏してもしっくりこないことがあります。ここらへんは個人でやることと集団でやることの違いですね。

渡辺)影響源や制作の原動力を教えてください。

山本)自分が影響を受けたものとしてピカソ、ダリ、ベーコンなどが挙げられますが、バンドや小説などから得たものも大きいです。制作中はずっと音楽を聴いていますし、美術館とかギャラリーは滅多に行かないですね。画家の知り合いも少ないですしね。

渡辺)知り合いの方も似たようなスタンスでしていますか。

山本)描いているものは全然違いますが、思想は似ていると思います。

渡辺)私たちのリリースした”Two”に参加したバンドたちの関係も似ているかもしれません。音楽性は違うけど姿勢や精神性は近いといいますか。

山本)聴いていてそれは感じました。音が似ている人が組んで作品を出すのなら分かるけど、違う音を持っているバンドが組むにはそういったコンセプトは必要ですね。

渡辺)山本さんの話を聞いていくうちに、周りからの影響を受けつつも自分と他者をしっかりと分けて、自分の中に確固たる軸を持っているように感じました。

山本)今のインターネットを見ていると、学級会のような息苦しさを感じます。社会に出れば意見がどうしても合わない人間と、無理に関わる必要がないのに対して、学校では制度的にそれが難しい。そのことを分かっていない人が多いように感じます。SNS上で誰か、意見の合わない人を攻撃したりなどですね。。今のインターネットのあり方には疑問を感じますので深入りしないようにしています。

渡辺)文字だけで会話はできないと思いますしね。

山本)ニュアンスは伝わらないですからね。SNSで物事に深く物事に対して発言したり、議論したりすることは避けていますね。自制的でいたいと思っています。

渡辺)なるほど。個展に伺った際、山本さんが来場者一人ひとりに丁寧に会話していたのが意外に思いつつも、とても良いなと感じました。

山本)ギャラリーに展示する限り、絵は売れるに越したことはないです。ただ、僕は絵が売れることにこだわっていないのでビジネストークではなく、素直に「実際この絵どうですか」と話しかけられるというのはありますね。ギャラリーに画家がいると気を遣うじゃないですか。画家は基本、絵を売って生活しているので、絵が売れて嬉しいというのは痛いほどわかります。でも僕は売れても売れなくてもいいというスタンスなので、相手にそのようなことが伝わらないように話しかけたいと思っています。

渡辺)絵が売れたら嬉しいという前提がありつつ、コミュニケーションの一環で、ということでしょうか。

山本)自分だけで納得していればインターネットに作品を上げたり、作品に言及する必要はないのだと思います。公開するのは人に見てもらいたいと思っており、自分の表現がどうなのか問うているということになります。だから僕は売れた金額よりもそこを計りたいという欲求が強いです。

渡辺)作家の中には自分から作品に関しての感想を、自分から聞きに行くよりも、相手から来てもらいたいという気持ちを持っている人が多いと思いますがどうですか。

山本)他の方の個展へ行くと僕は雰囲気に緊張して、作家に話しかけようと思っても話しかけられないことがありました。プライスリストがあって値段がわかり、作家が売りたがっていることが分かると、話かけても自分が知りたいことが引き出せるのかなって思ってしまいます。それって受け手にとっても作家にとっても損だなと思います。僕は作品にはこだわりますし、ゆずれないことはありますが、個展の在り方や受け手との距離感などは、かたくなにならず、柔軟でありたいと思っています。今は職場で同僚とコミュニケーションを取りますが、プライベートでは友人や美術関連の知り合いと話すことは少ないですね。一人でも全然平気なタイプなので。個展で来場者と話すことはむしろ特殊な状況ですね。

渡辺)お仕事は何をしていますか。

山本)スーパーマーケットの青果部門で働いています。野菜の仕入れや、お客様対応などをしています。仕事は慣れれば機械的にこなせる部分もあるので、体力とか労力を使いすぎずに、いかに制作に注力できるかっていうことは意識しています。フルタイムで働いており、朝が早かったり残業があったりは普通にありますが、基本は8時間労働です。

渡辺)実際に会うと体つきやたたずまい、声の張りなどがしっかりされていますが立ち仕事によって鍛えられたのでしょうか。

山本)日常的にトレーニングしていまして、2014年に精神的にまいって絵を描かなくなったとき、ジムで筋トレを始めました。プロテインも摂取してかなり本格的に鍛えていました。今は時間がないので自宅で続けています。体つきはその時の名残ですね。 本当は仕事をそこそこにして、ジムで身体を鍛えて、絵を描くという三拍子にしたいのですが今は仕事のウエイトが大きいので難しいです。

渡辺)2014年のきつい時期でも生に関して後ろ向きではなかったということでしょうか。

山本)いえ、大分後ろ向きだったと思います。その期間は音楽も聴かず、小説も読まない。絵はもちろん描かないし他人の絵も見ませんでした。義務的に生きていたと思います。あまりその時の記憶がないというかどうやって生きていたのだろうと思います。

渡辺)筋トレだけはルーティンになっていたのでしょうか。

山本)そうですね。ルーティンが崩れたらまずくなるということが分かっていたのだと思います。だから規則正しい生活をしていました。

渡辺)そういう時にお酒にいってしまうと大変なことになりますね。

山本)お酒は飲まないんですよね。酔っている時間がもったいないというか、その時間でできることがあるだろうと思います。

当初このインタビューを行なったのは、冬が顔を見せ始める頃の11月、新宿西口のピース にて行いました。あれから世の中の状況は大きく変わり、インタビュー当時とは生活も文化 活動も大きな変化を迫られています。

このインタビューの構成に際して、山本氏に今の状況下での制作スタンスに変化があったかをDMにてお伺いしています。

渡辺)インタビューをさせていただいた時期と現在では、世界の状況は大きく変化していると思います。以前お伺いした内容とリンクする部分もあるとは思いますが、現在の制作のスタンスや内面の変化などはありますでしょうか?

山本)今の状況下でも制作に対する考え方は変わっていないです。インタビューでお話しした内容をより強く思いながら制作しています。

山本氏の好きなアルバム5選

  • Black Flag - In My Head

  • Suicidal Tendencies - Suicidal Tendencies

  • Napalm Death - Utopia Banished

  • The Haunted - Made Me Do It

  • Rage Against The Machine - Rage Against The Machine

余談として、氏は17~19歳の時にギターを弾いていたとのこと。ただバンドを組むことはなく一人で黙々と練習しており、ある程度のレベルのコピーはできたが、自分で曲を作ろうとした時に、全くフレーズもリフも出てこないことに幻滅してしまい止めてしまったそう。

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